I love it!

母の運命

前回書いた脳ドックでは
母には2ミリの脳動脈瘤が見つかりました。
でも、母の言葉がおかしいのは
そのせいではないだろうということで
地元の物忘れ外来を紹介してもらいました。

しかし、紹介はしてもらえましたが
受診するまで1ヶ月待ち。
そして、受診できたのは3月でしたが
最初の1回は受付だけで終わったそうです。
次の予約を取っただけ。(父談)
正式な予約ってこと?

私はあまり病院にかからないのでわかりませんが
今どきの病院ってこういうものなのでしょうか?
まぁ、脳ドックでほぼ異常なしみたいな感じだったので
急いで手術などしなくていいということで
そういうゆっくりな対応だったのかもしれませんが
なんかちょっと納得いかなかったです。

でもその後、母の病名が大脳皮質基底核変性症とわかったので
そのとき急いでも急がなくても
進む道に違いはなかったのかもしれません。
神様は試練を与えるときも計画的なのね…

そういえば…
2回目の診察の時、急に進行した言語障害のことで
大学病院に入院が決まったのですが
ちょうど母が転んで手首を骨折していたので
骨折が治ってからということになりました。

そして約2ヶ月後
骨折が治ったので入院というときに熊本地震が起こり
母の入院はなしになりました。
その代わり、地元のもの忘れ外来に通院することに。

それからしばらくして、母の病名が告げられました。
大脳皮質基底核変性症。
治療法も治療薬もなく、速やかに進行していく病気。

この病気に限らず、すべての患者にとって
一番良くないのは、ストレスを与えることだそうです。
母は地震のときもずっと住み慣れた家に
父と一緒にいられて良かったと思いました。
骨折していなければ入院していたのですから
遠い病院で地震に遭い
きっと不安な思いをしていたことでしょう。

母が骨折したときは、実家に手伝いに帰ったりして
何でこんなことになった?と
思ったりもしました。でも…
なにか物事が起こるときには
意味があるのだなぁと思いました。

骨折では痛い思いをしたでしょうが
遠く離れた病院で、一人で怖い思いをしなくてすんで
母はその点においては幸運だった。
そう思いたいです。

スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する