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母の様子6

先日、実家に帰ったときのことです。

私がトイレに入っていると
ドアノブをガチャガチャする音が。
私は「お母さんだな?」と思い
「入ってるよ~」と言いました。

しかし、ガチャガチャは止まりません。
うちのトイレの鍵は古いので
何度もガチャガチャ回していると
勝手に開いてしまうのです。
そして、鍵は開きドアも開けられてしまいました。

ちょうど用を足して出ようとしたところだったのですが
ドアを開けた母は
私がいるのを見て不本意な様子。
強引に開けて入ってきたくせに…。
でもまぁこれも病気の症状の一つなのかなと思って
私はおとなしく母にトイレを明け渡しました。

このことを父に話すと
父がトイレに入っているときにも
同じようなことがあったと話してくれました。

母は自分のタイミングで行動するので
今「トイレに行く」と思ったら絶対に今なのです。
脳のどこがどうなったら
そういうことになるのかわかりませんが
困ったことです。

そんな母ですが、昨日は母の日だったので
お花を送ってあげました。
本人からはお礼も感想も聞けないけれど
たぶん喜んでくれていると思います。
先日実家に花を植えてあげたときも
黙々と水かけをしてくれてました。

来年の母の日も贈り物ができるように
元気でいてほしいです。

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母の様子5

お正月休みに実家に帰り、母の様子を見ていて
いろいろと気づいたことがありました。
少し前までできていたことができなくなっていたり
今日が何月何日かわからなかったり
少し認知症のような症状があるようです。

薬のせいかもしれませんが、性格も自由さが増して
普通では理解できないようなことをします。
例えば、車の走行中にドアを開けようとしたり…
危険じゃないことならまだいいのですが
危険なこともたまにするので油断できません。

落ち着きはないけれど
イライラしたり悲しんだりというような
ネガティブな気持ちは湧いてこないようで
いつも機嫌は良さそうです。
料理を手伝ってもらおうと簡単なことをお願いしたら
すんなりやってくれたりもしました。

歩くことが脳にも良いそうなので
毎日近所を散歩したのですが
一緒に楽しく歩くことができました。
私がそう思ってるだけかもしれませんが。

母にとっては何かをすることがリハビリにつながるので
とにかく書いたり、声を出したり
体を動かしたりしてほしいのですが
暇があればこたつでテレビを観ています。
リハビリも母のストレスにならないように
母のやる気が出たときにやってもらうのが
効果も上がっていいそうなので無理は禁物です。

去年のお正月は、家事ができていた母ですが
一年経った今はほとんどできません。
動きがスローモーションのように遅いときもあります。
一年前は(変なときもあったけど)
普通に会話できていたのに
今は言葉が出てこないことが多いです。
一年でだいぶ変わってしまったけど
今年一年は現状をキープできるように
病気のことを理解して頑張ってほしいです。
私もできるかぎり頑張るつもりです。



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ちょっと雑談

最近2冊の闘病記を読みました。
病気になった人は、お二人とも30代の独身女性で一人暮らし。
一人はガン、もう一人は脳卒中でした。
病気になった時期、住んでいるところなどは
お二人とも違うのですが
どちらの方も病中病後しばらくの間
お母さんが娘さんのところへ来て
お世話をされていました。
そして、一人暮らしに戻れる状態になったら
お母さんは自分の家に帰ってしまわれるのですが、その時に
「何かあったらまた来るから」
みたいな言葉を残されます。
その部分を読んで、私は自分の母のことを思いました。
私が病気になっても、母は来ることができないなと。
母自身が病気なので仕方がないことなのですが
一番頼りたい母には頼れないんだなと。

そんな母を心配させないように
私は元気でいないといけないのですが
年齢が近い女性の闘病記を読んで
突然の病に見舞われることもあると、改めて思いました。
自分だったらどうするか…
もしそうなった時、パニックにならないように
何か考えていなければいけないなと
思っているところです。

(ここから余談)
そんなことを考えていたら
何かを感じとったのか
担当して下さっている保険屋さんが
新しい商品を持って来ました。
すごいタイミングでびっくりでした(笑)

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脳ってすごい!

母が脳の病気になってから
私は脳神経の本や闘病記をよく読むようになりました。
右脳や左脳のこと、なんとなくわかってたけど
改めて勉強すると、というか
脳について知れば知るほど
私(自分)とは何なのか?という疑問が
湧いてきて止まりません。

例えば、左脳の言語中枢を通して
「私は」と私が言うことによって
自己の意味を明確にして
自分が誰なのか心の中でわかるのだそうです。

右脳=絵で考える
左脳=言葉で考える
今まで漠然と知ってはいましたが
右脳と左脳がどうコントロールされるかで
この世界の見え方はずいぶん違ってくるのに
コントロールしているのは自分ではなく
脳自身だという無念さ。
幸福を感じるのも、不安を感じるのも
脳が感じさせてるのだから
どうしようもないわけで…(幸福はいいけど)

母は病気になってから自由奔放で
病気で苦しんでいるようには見えません。
むしろ幸せそうに見えることも。
左脳がなければ、意識は制限されることなく
右脳の安らかな幸福感へと向かっていくそうなので
母はやはり左脳の機能が低下しているんだとわかります。

脳が機能しなくなっても意識があるという状態…
認知症がひどく、そのうえ脳梗塞になった祖母がそうでした。
ベッドの上でただ目を開けているだけ。
何を思ってるのか、こちらのことがどう見えているのか
全くコミュニケーションがとれませんでした。
でも心はあると信じて
いつも笑顔で話しかけていました。

私を私らしく作っているのは
私の脳なのか?
親の遺伝子から受け継いだ情報と
生まれてからの経験をもとに
脳細胞同士のつながり方が変化していき
今の私は存在しているということ?

脳って本当に不思議です。
誰の脳だって見た目は同じなのに
細胞や神経のつながり方の違いで
個性というものがある。

母が病気になって、脳について知るほど
自分の感覚を大事にして
内側から観察しようと思うようになりました。
幸せな気持ちの時は「右脳優勢だな」とか
迷いがあるときは「左脳が働いてるな」とか
私は専門家ではないので適当ですが(笑)

そして、私がこうして言葉を組み立てて
文章(ブログ)を書くことができている間は
私の左脳は働いているということになるのかなと思っています。


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母の様子4

先月、母はパーキンソンの薬を処方されました。
効いているかは私の目には微妙な感じなのですが
今月も処方されたので、主治医的には
もうしばらく続けようということなのでしょう。

母は手の力が弱くなったようで
洗濯バサミで洗濯物を挟むのもやっとという感じです。
今はまだゆっくりでも洗濯物を干すことができるので
やってもらっています。
日常生活もリハビリなので。

そんな母が冬物の服がないと言うので
出してあげました。
ないはずはないのです。
去年は着てたのだから。
父には母の服を探すのは難しいらしく
娘の私に探してくれとお願いされました。

手の力が弱くなった母には
タンスの引き出しを開けるのも大変らしく
少し開けた隙間から洗濯物を詰め込んでいたのでしょう
引き出しの中は整理されておらず
服や下着や靴下など
ぎっしりと詰め込まれていました。

それで、この機会に母の不要な服を処分しようと思い
母と一緒に服の整理をしました。
着られなくなった服や古いものなど
ごみ袋2個分処分したらタンスもスッキリして
引き出しも一段分空になりました。
母にはお姉さんが4人いて
よく服をもらっているので
これから増えた分はここに入れてねと言っておきました。
次回実家に帰ったときに
この引き出しがどう使われているか楽しみです。
他の引き出しも服が減って軽くなったので
引き出しやすくなったと思います。

言葉に関しては相変わらずで、ほとんど話しません。
悪くはなってないと思うのですが…

薬とリハビリと民間療法いろいろやって今の状態。
いろいろやってるから今の状態でいられるのかなぁ。
母の病気は進行性と言われているので
少しでも進行を遅らせるように
本人もまわりも頑張っているところです。
回復ということはないのかなぁと
母を見ていると思ったりもしますが
私は回復、完治を目指したいです。
母が「もういい」と言うまでは。


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